自分以外の誰かに何かを伝えるということ
自分以外の誰かに、自分の考えを伝えることがあまり得意ではない。
どうやったらうまく伝えられるんだろうっていつも悩んでいる。
コミュニケーションの定義
このような話でパッと浮かぶ言葉は「コミュニケーション」である。
そもそもコミュニケーションとは何なのか。
岡ノ谷一夫先生の著書『「つながり」の進化生物学』には、以下のように書かれている。
コミュニケーションは学問の分野によって、いろんな定義がなされていますが、進化生物学という学問の中では、次のように少し冷徹に定義されています。「送り手から受け手への信号の伝達がなされ、受け手の反応によって、長期的には送り手が利益を得るような相互作用」(ハリディ、スレーター編「動物コミュニケーション」西村書店)。
定義は学問の分野に異なると書かれているが、どの分野においても少なからず上記のような面があるのではないか。
だから情報の伝達に関しては受け手(相手)に多くを求めるより、送り手(自分)がより気遣うものだと思う。
伝え方と感情
諸事情で認知症の本を読んだことがある。
一番印象に残ったのは伝え方に関する箇所だった。
認知症の特徴のひとつに「行動は忘れても抱いた感情は残る」という症状がある。
これを「感情残像の法則」といい、感情の中でも特に不快な感情が残りやすいらしい。
たとえば認知症の人に入浴を促すとき。
「お風呂に入らないと不潔だし病気になりますよ、だからお風呂に入りましょう」と言うと、怒られることがあるそうだ。「私は不潔でもないし病気でもない、だからお風呂には入らない」と。だから入浴を促す際は「お風呂は温かくて気持ちがいいですよね、お風呂に入りましょう」と伝えるとよいのだとか。
不快な感情が残るというと後ろ向きでマイナスの印象を与えるが、決して悪いことばかりではない。 不快な感情や情報を重んじる行動は、慎重と言い換えることも可能だ。これは生物が生き残る上で大事なことである。
伝達の正確さ
自分の考えや気持ちを言葉にしたとき、相手にどのくらい伝わっていて、どのくらいこぼれ落ちているのだろう。
このようなパケットロスの有無や程度を確認することは難しい。
たとえば誰かと「空がきれいだね」「そうだね」というような会話をしたとき、相手が自分と同じ「きれい」を感じているかどうかについては確認しようがない。ただ互いに「きれいだね」って言葉を交わし、素敵な時間を共有したなら、それで十分だと考える人は少なくないと思う。
一方で、仕事の中で「伝わった気になる」ことは危うい。
自分は以下のようなことを心がけていたいと思っているけど、まだまだ足りていない。できていないことも多い。
うまく意図を伝えられなくてもどかしい思いをすることもあるし、丁寧さが足りなくて迷惑をかけてしまうこともある。
- ミーティング前にアジェンダを用意する
- 口頭での会話前、会話後に文章を書く
- 考えていることを整理できる
- 後で読み返すこともできる
- 単語のブレを少なくする
- ひとつの単語を複数の意味で使用しない
- 複数の単語をひとつの意味で使用しない
- 誤解が少なくなるような表現を選ぶ
- 気になる点があったら一度立ち止まる
発信することを諦めたくない
自分の考え、思い、状況、とにかく何でもいい。
相手に伝えたいことがあるうちは諦めないで発信したい。
発信によって自分や周りが傷つくこと、不快になることは避けられない。
それでも伝えたいことを飲み込んで、何も言わないよりずっといいと思う。
不得意なりにやっていきたい、試行錯誤しながらになるけれど。
参考書籍
- 作者:岡ノ谷 一夫
- 発売日: 2013/01/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
高校生向けの講義を書籍にまとめたもの。
読みやすい上、岡ノ谷先生の価値観がしっかり伝わってくる。
家族が認知症になった人へおすすめしたい本。